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[鶏島]

 この島に漂着して、どれくらい経ったのだろうか。

『コケーッ!』
『ぎゃああああっ!』

 目覚めて、まず見たのはゾウの脚を持つ鶏だった。理解を遙かに超えた姿に、私は考えるより前に逃げ出した。

 ド、ド、ド、ド、ド……! と重い足音を立てて、そのキメラは追いかけてきた。走り回り、密林に逃げ込んだところで鶏ゾウは私を見失ってくれたらしい。木に背を預け、そのまま座り込み、私は頭を抱えた。呼吸が荒い。単純に走った疲労と、未知の存在の恐怖による動悸で心臓が破裂しそうだ。

 それから、私は種々様々な恐怖を見てきた。

 体が猿のワニ、下半身がタコの牛、翼の生えた豚、頭がライオンのムカデ。

 もういっそ、捕食でもされて死んだほうが楽だろうか。よくわからない大きな果物の芯を捨てて、自嘲するように笑う。

 太陽が燦々と輝いているが風は涼しく、至る所に果物が実っている。環境は生態系以外ならパラダイスだ。

 芯を捨てた方向――茂みからガサガサ聞こえた。

「ひっ!?」

 ああ、死にたくねぇよ、チクショウ!

 最初に目に入ったのは卵の殻、それからつぶらな瞳、フワフワした黄色い羽毛。

「ぴよっ」
「……」

 なんだ、ヒヨコか。いや、ヒヨコにしてはデカい。人間よりデカいくらいだが、私の感覚はもう麻痺している。生まれたてなのか卵の殻をかぶったコミカルな、愛らしい姿にさほど危機感は覚えない。

「あっちへいけ」
「ぴよっ」

 足元の石を投げる。分厚い羽毛にぽふんと跳ね返っただけで、ヒヨコは怯みもせず小首を傾げた。あっちへいくどころか、こちらへ近寄ってくる。脚がトカゲみたいだった。ああ、普通の生き物が見たい。

 それから、トカゲヒヨコは私を親だとでも思っているのか付いてくるようになった。入り組んだ密林に入ってもトカゲヒヨコは細い木を倒して豪快に進み、走っても意外な速さで付いてくる。ただ付いてくるだけで襲いかかってくる様子はなかったので、そのうち撒くのを諦めた。

「お前は……お前たちはいったいなんなんだ?」
「ぴよっ」

 空の青を反射している海に沿って、白い砂浜を目的なく歩く。後ろでトカゲヒヨコはぴよぴよ鳴いている。イカダでも作って一か八か脱出を試みようか……。

 日が落ちると、身を寄せてくるトカゲヒヨコに寄りかかって体を休める。もふもふしていて、なかなか快適だった。

 翌日から流木と、密林でトカゲヒヨコが倒してくれる木を集める。海の藻屑となって死ぬ可能性は高いだろうが、こんな訳のわからない島で一生を過ごすより、一縷の望みに賭けよう。

 しかし私にイカダのことはさっぱりわからない。出来る限り太くてしっかりした木を中心に集めつつ、もっと木がいるかな、そもそもどうやって組もうかなと悩み、イカダ作りはなかなか進まなかった。その間、心なしトカゲヒヨコは一回り大きくなっていた。


「よし、今日は大漁!」
「ぴよっ」

 その日もいつも通り、トカゲヒヨコが折ってくれる木を密林で集めていた。トカゲヒヨコ、結構役に立つ奴だ。夢中になっていた私は、この島に住む恐怖に対し、油断していた。

 ――グルルルルルゥ

 唸り声が耳に入ってきた時には、もう遅かった。草むらから飛び出してきた、ライオンのようなタテガミを持った狼が視界に入る。

 あ、終わった。喉笛食いちぎられる。

「ぴょーっ!」

 そんなサバイバル終了をトカゲヒヨコが体当たりで阻止していた。巨体に押し潰されて、ライオン狼が伸びている。

「お前……いてっ!」

 呆然としている私をトカゲヒヨコが羽でバサバサ叩いてくる。たまらず抱えていた木を落とし、とめようと羽を掴むとトカゲヒヨコは走り出した。

 引っ張られるように走った私は一瞬だけ、見た。ライオン狼たちが草むらからワラワラと出てくるのを。二足で立っていた。

 トカゲヒヨコと並走しつづけられる自信がない。恐ろしくなり、トカゲヒヨコに飛びつく。もふもふした揺れる背中に必死でしがみついた。

(守って、くれている……)


 それから、イカダ作りのやる気は失ってしまった。ライオン狼の出来事がトラウマになってしまったのもある。

 トカゲヒヨコは羽毛が生え変わって白くなり、トサカが形成されていた。尾からは孔雀の尾羽が伸びている。もうなんと呼んだらいいのかわからない。鶏でいいや。

「お前と過ごすようになって、だいぶ経つな……」
「コケッ」

 高い死の確率を越えて生還したところで、なにがあるだろう? 私には恋人もいなければ、親友と呼べるほどの友人もいない。

 両親は……泣いているだろうな。でも、わりとどうでもいい。私の気持ちなどいっさい汲まず、ただ厳しいだけで、これはお前を愛しているからなんだよとご都合主義な涙を見せ、私を都合よく扱ってきた親だ。

 そのまま子供の頃のロマネスクな気持ちを忘れ、大人になり、細々と働いて、息抜きと人生をほんの少しでも楽しく感じさせるためのインプットも兼ねて旅行に出たら、船が事故に遭ったのだった。

「ははっ」
「コケッ?」
「なんでもない」

 鶏の背中に仰向けに寝て、空を眺めながら落ち着いて思い返していたら、生還への思いは薄れた。こいつと別れるのも悲しいしね。


「あはは! うふふ!」
「コケッ!」

 吹っ切れた私は鶏とおもしろおかしく過ごしていた。楽しいという感情は度を越すと、後で手痛いしっぺ返しを食らうという現代社会の教訓を思いきり忘れる。ここは現代社会とは関係ない。ていうか、現代社会というやつは私が楽しくなるのをなぜ邪魔するんだクソかよ。

「おお、あそこたくさん果物がなってるぞ」
「コケッ!」

 指差した木に鶏が頭突きをする。メロンに似た果物が落ちる。

 そして私は知った。世界とはどこに行ってもクソなのだと。果物ではないものが、落ちるというより跳んでくる。

「?」

 左腕に違和感を覚えた。私を掠めて地面に着地したものを振り返って確認する。頭から首までペリカンで、体はワニのようだった。手足の爪はなんの生き物なのかわからない。指先から鎌が生えているようだった。

 次に左腕を確認する。ない。地面に落ちていた。

「コケェーッ!」

 鶏が叫び、ペリカンへ突っ込んでいく。私はなにも発せられず、頽(くずお)れる。

 痛い。痛い。痛い。痛い。

 鶏とペリカンが死闘を繰り広げているのを朦朧としつつ、視界の端に入れていた。


 なんとか終わったらしい。ペリカンは死んだ。倒れている鶏に這って近寄り、途中なんの意味もないとわかりつつ自分の腕を拾う。

 鶏はか細く呼吸をしていた。しかし、私と同じく長くはないだろう。

 白い羽は赤く染まり、きらびやかな孔雀の尾羽は抜け落ち、トカゲの脚を片方失っている。

「やっぱり、そんな、甘くないか……ごめんよ、ひとりのダメ人間の死にお前を巻き込んで」

 涙が溢れる。泣きながら、なんとなく脚の痛々しい断面に拾った私の左腕の断面を合わせる。

 ――ジュワワワワァ

「え……?」

 肉が焼けるような音が鳴ると同時に、みるみるうちに繋ぎ目が消えた。

「コ、コケッ……」

 私の左腕がさながら鶏の脚のようにピクピク動いた。


 悟る。この島のこの生き物たちは愛、すなわちアガペー、あるいはエロス。

「ああっ、はぁ、あ――」

 肉が、血管が、神経が、骨が、細胞が――交わってひとつになる。こんなに濃いセックスはしたことがない。気が狂いそうだ。そして幸せだ。私は人間をやめるぞ、現代社会。

 そう、私は私と同じになってくれるものが欲しかったんだ。


「あはは! コケッ! うふふ! コケッ!」

 鶏と同じになった私はおもしろおかしく過ごしていた。笑いながら木に頭突きして、落ちてきたリンゴくらいの大きさのサクランボをクチバシでキャッチする。クチバシには歯がないから、私が咀嚼してあげる。そうすると甘い。

「おいしい? コケッ! そうか、よかった! コケッ!」

 その時、昆虫の翅の生えたサメがブーンと飛んできたが、脚になった私の両手から伸びた鎌のような爪で一刀両断する。笑いながら。

「大丈夫! コケッ! 怖くないよ! コケッ! 君も私と同じ、鶏になろう! コケッ!」



 END.



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